日々雑感060805

不調。相変わらず肩と背中が痛い。ネタは出ない。やたらに眠い。
故あって(というか脂肪肝対策のためですが)ジョギングを始めたら足が痛くて仕方ありません。自転車で遠出することはままあり、そういうときは特に痛くなったりしないのですが、どうも使う筋肉が違うようです。いずれにせよなまりすぎ。
某所で「キモウト」(キモイ+オトウト)という新概念とその具体例を提示されコーヒーを吹きました。しかし実演はちょっと。その、なんだ、困りますw

今日のURL

http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060805/p7
blogアクセスアップ10訓。ここまでしてアクセスアップを図りたくないな、というのが正直な印象です。むしろこうした原則が提示された場合、どこまでそれをファックしてなおかつ成果を(どんな成果かは知りませんが)挙げるかが肝ではないでしょうか(g:neoにおける「アンチノックス」参照のこと)。
さて、この10訓はひとつひとつではそれほどでもありませんがまとめて適用するとある種のblogerにとっては劇薬となります。そう。書きたいことが書けなくなるのです。まあ最初から「ブログアクセスアップ10訓」と表記している以上、目的はblogのアクセスアップであり、それ以外に配慮していればかえって不純であるのですけど。
書きたいことが書けなくなるというのは、読者の嗜好にblogerが従うことであり、blogの持ち味である「主体としてのblogerたちのネットワーキング」によって立ち上がる集団知へと背を向けたものです。ある種のblogerにとって、ブロゴスフィアにおいて主体はあくまでblogerでなくてはならず、読み手の「欲望」ではありません。右顧左眄するだけのベータブロガーより、セカイの中心でアイ=I=俺を叫び続けるアルファブロガーたれ、というのがある種のblogerのとるべき態度であります。
などと書いてきたのですが、もちろんblogerという主体が他のblogerとの交流やアクセスによって形成されている物である以上、それを無視するわけにはいけません。しかし、交流やアクセスによって構築される自己という主体を重んじるなら、なおもってそれを安売りするがごときアクセスアップ至上主義は、ある種のblogerたちにとっては否定されなければならないのです。
ん? ある種のblogerとはどんなblogerなのか? その答えはあなたの心の中にある、といっておきます。
ちなみに、アクセスアップ至上主義については強く批判してみましたが、アクセスアップ10訓は有為なものなので、用途に合わせ、適量を守って服用されればよいかと思います。

太陽が眩しすぎて

マイマザーの友人でとても人のよいおばさんがいて、キャラクタ造形がほとんど萌えキャラ(無意識過剰系幼馴染とか、ああいう方向)なのですが、さすがにおばさんなので萌えられません(介護方面の道を選んだ知人は「萌えは80歳から」と豪語していましたが、これは特別な例でしょう)。ただ、その明るさと善意に圧倒されます。ぼくは夜行性の腐肉獣あるいは地下生活者なので、無意識過剰だったり素朴に善良だったりする存在には引け目を感じるのです。なぜもああ明朗快活でいられるのか、なぜもああ善良でいられるのか、人の善意を信じられるのか――まったく理解が及ばない、といっても過言ではなく。それでも眩しいしうらやましいなと思うのですけど。種族が違うので手が届きません。ただひとついえるのは、そのおばさんに幸あれ、ということです。素で十分幸福なような気もしますが。

追記

ちなみにこのおばさん、非常にヘビーな過去を持っているのですが、それゆえにいっそう明るさが眼に沁みます。

クロノスの子ら

http://d.hatena.ne.jp/REV/20060804#p5
最近(ちうかかなり以前からですが)あちこちで展開されている、エロゲのテキスト量の話で思い出すのが、東鳩のマルチシナリオです。高橋龍也がマスターアップ直前に1週間で書き上げた150kbであれだけ萌えとか感動とか呼び起こせたのに、今では大作当たり前。最近のテキストって感情喚起効率が低下してません? とかいうふうに云えるけど、実際はテキストの莫大化という筋道は東鳩ですでに築き上げられていました。日常時間(クロノス)/空間の地道な積み重ねによりアトモスフィアを構築して、その土台の上にイベント的時間(カイロス)/空間を展開するという方式。マルチシナリオなんかもそうやって作り上げられたものだと、いえなくもなく。そしてこの方式は業界に膾炙し、クロノスを重んじるゲーマーたちを生み出していったのです。
で、現行のクロノス重視主義に変わる新たなメソッド、というものが果たして存在しえるのか、というのが、現在議論されている/されるべき話題なのでしょうけど、その有力な候補に見えるカイロス重視主義――インパクトのあるイベントの積み重ねでアトモスフィアを構成し、シナリオの圧縮とスピーディな進行を図るメソッド――というのは、プレイヤーの大部分(どの程度の比率かは知りませんが)を占めるクロノスの子ら――日常時間の繰り返しと蓄積を求めるプレイヤーたち――には、その時間感覚の相違ゆえに、いまひとつ受け入れられがたいのではないかと。
でもまあ、シナリオライター的にはシナリオ総需要が増えるんで福音ではある、のかもしれませんが。
全然関係ないけど、クロノス=cronos=ベーゼ富樫、と連想し、思い出し笑いを浮かべてしまいました。どうでもいいですね。